例会案内

7月例会御案内 | 1月例会御案内


例会案内


※当日の発表順について、書面での御案内以降、変更がございました。*当日の発表は、品田悦一氏→富原カンナ氏の順となります*。お間違いなきようお越し下さい。


上代文学会 7月例会御案内
日  時 平成30年7月14日(土) 午後2時~5時
会  場 昭和女子大学 一号館5S33教室
研究発表 歴史テキストとしての『万葉集』巻六 ―沈黙の批評― 「出典語」の変容と享受

発表要旨
歴史テキストとしての『万葉集』巻六
   ―沈黙の批評―


 『万葉集』研究の領域では、昭和初期以来、歌人(作者/作家)を了解の枠組みとする論議が主流を占めてきたが、昨今では、テキストとしての性格にこそ照準を合わせるべきだとの主張も現れている(神野志隆光、Torquil Duthie)。テキストとして読むこと――それは、唯一のではないにしても、優先されるべき接近法に相違ない。この見地から巻六を読んでみたい。
 同巻は、巻一・二の続編として、天武・持統皇統の正統な継承者たる聖武天皇の、一代の治世を記念する意図をもって編纂されたと言われる(吉井巌)。編成は作歌年月日順となっており、即位が迫った養老七年五月の吉野行幸に始まり、天平十六年閏正月の安積親王薨去の直前でいったん閉じられ、末尾には年月作者不明の三首と田辺福麻呂歌集所出の二一首が付載される。注意すべきは天平元年、同七年、および天平十三・十四年の三箇所には歌がまったくないという点だろう。私はここに沈黙の批評を見出す。批評は、繁栄すべくして無残な凋落を余儀なくされた聖武朝に対し、アイロニカルなまなざしを注いでいる。


「出典語」の変容と享受


 上代人の表現の糧となった漢籍の出典考証は、契沖『万葉代匠記』以来多くの先行研究によってなされてきた。中でも小島憲之氏は、最も古い出典だけでなく、上代人が実際に依拠した「直接」の出典を追究する必要を説き、より直接的には類書や注疏の類から文章語句を学んだ可能性を指摘し、上代の漢籍の利用状況がより明らかにされた。  こうした漢籍の受容状況を踏まえた出典考証をなす上でなお留意すべきは、上代文献に見える漢籍の出典語に、原典の表現とは語句が異なり、意味も変化したものが見られることである。すなわち中国で詩文の語句が典拠として利用される中で、語形が省略、また熟語・成語化し、或いは意味の変容、転義が生じた語句を上代人が摂取したことが考えられる。注釈書の多くはそのような語句の変化をさほど問題にせず、語注として出典を示すが、用語の正しい解釈のためには、詩文の語句が享受の過程で、語形・意味がいかなる変遷を辿ったかという考察が求められよう。
 たとえば万葉集巻五の山上憶良の漢文に見える「申臂之頃」「如申臂」という表現は、漢訳経典の定型句「譬如力士屈申臂頃」に根差し、時間の短さを意味する比喩と解されている。但し漢訳経典ではこの表現は、仏や仏弟子、神々が瞬時に他所へ移動する神変を表す文脈において用いられている。この定型句の形が変化し、時間的速やかさのみを意味するようになった語句を憶良が学んだことが推察される。
 本発表では、このような万葉集の漢詩文に見える漢籍・経典の原典とは異なる表現・意味を有する語句について、その変化の過程を追究し、上代人がいかなる意で用いたかを考察する。出典語の変容と享受の関係を明らかにすることで、語句の解釈のみならず、上代の典籍利用の状況解明の一端をも試みるものである。




上代文学会 1月例会御案内
日  時 平成30年1月20日(土) 午後2時~5時
(第3土曜日の開催です。ご注意ください。)
会  場 専修大学神田キャンパス 5号館7階 571教室
研究発表 『夫木和歌抄』所収万葉歌について――長歌の特質と価値―― 家持の「見」――長歌の視点から――

発表要旨
『夫木和歌抄』所収万葉歌について
   ―長歌の特質と価値―


 『夫木和歌抄』は一万七千首余りの和歌を所収し、万葉歌は、一三一七首(すべて仮名表記、重出歌を一首と数える)、そのうち長歌は一二一首あり、中世私撰集(万葉集専書を除く)の中で最多である。『夫木和歌抄』所収万葉歌については、佐竹昭広氏が本文復元の有効な資料として高く評価された。濱口博章氏は「比較的早く新点を採り入れた」、「万葉歌の採取においても一回的ではなく、何段階かを経ていること(中略)、選定中に何回かに亙って何種かの万葉を利用した」とされた。渋谷虎雄氏は新点と同訓が二十二首、少し訓を異にするもの二十三首とされ、このことについて「古次点訓のものを、今一つは西本願寺本の祖本である文永本をこの両者に拠りながら、一方また別の資料をも参照しつつ(以下略)」とされた。濱口・渋谷両氏は編纂時に同一の書について複数の写本を見たという見解であるが、果してそうであろうか。新点歌を所収することが、仙覚を受容したと判断することは慎重でなければならない。
 既に、発表者は『歌枕名寄』の長歌の考察において、渋谷氏の挙げた三首の「純粋の新点歌」について仙覚を受容した可能性は低いとした。『歌枕名寄』より成立年代が二十年以上下がる『夫木和歌抄』では如何であろうか。
 本発表では田中大士氏の一連の長歌訓の分布による系統論を踏まえ、『夫木和歌抄』所収万葉集長歌を取り上げ考察する。写本と刊本の異同を調査すると、刊本は仙覚を受容しているが、写本はその影響は極めて少ないといえる。故に考察は写本に拠るべき(『校本萬葉集新増補』所収『夫木和歌抄』は刊本)である。本発表では静嘉堂本、書陵部蔵桂宮本、永青文庫本を比較しながら考察を進める。主として非仙覚本―廣瀬本、紀州本(巻十まで)との関係、仙覚本との関係―改訓・新点の受容の有無、独自訓について考察し、『夫木和歌抄』所収万葉歌の特質や万葉集受容史の上での位置について考察を試みる。


家持の「見」
   ―長歌の視点から―



 大伴家持の長歌に用いられる「見」について、その行為主体を整理することによって、長大になりがちな家持長歌の特質を考える。
 家持歌ならずとも長歌の場合、一首の中に複数の「見る」行為が詠まれることも少なくない。中には国見に由来する天皇の「見る」や、妻と「相見る」、讃歌の定型句「見れど飽かぬ」などが含まれ、これらの歌では見ている行為主体は比較的安定的である。
 一方で、「見る」が複数回詠まれる長歌は、その特性として見ている主体が入れ替わるものも多く、時には主体が曖昧になるものもある。その見ている主体が曖昧な歌とは、例えば、大君―大宮人(巻十三・三二三四 讃歌)、大君―舎人(巻十三・三三二四 挽歌)などのことである。これら、比較的古い歌の主体の曖昧さは、大君と仕える者たちの一体化を示すと理解することもできようし、その古代的思想や古代的感覚といったものを手掛かりに、見る行為を整理することが可能かもしれない。
 しかし、家持歌の「見」は歌のテーマが具体的で、詠作の動機が詳述されている場合であっても、その主体が不安定であるということが言える。
 例えば「放逸する鷹を思ひ夢に見て感悦して作る歌(巻十七・四〇一一)」は、鷹が三島野を「そがひに見つつ 雲隠れなむ」と詠む。挽歌に見られるような歌句を用いつつ、ここに鷹の視線を詠むのはどのような意味を持つのか。また、「京に向かふ路の上にして興に依りて作る待宴応詔の歌(巻十九・四二五四)では、「やすみしし 我が大君 秋の花 しが色々に 見したまひ 明めたまひ」と天皇の視線を詠む。天皇が見ているのは「秋の花」それだけである。歌の冒頭にある「国見」を前提とするならば、その見ているものはあまりにも微細である。
 すなわち、家持長歌には、不整合とは言えないまでも唐突な「見る」状態が、家持自身の視線とは別の視線をもって描かれているといえる。これらを整理し、その意味を考える。



平成30年度 上代文学会例会・秋季大会発表者募集
発表をご希望の方は、例会係(大浦誠士・烏谷知子・野口恵子・松田浩・渡邉正人)までご連絡ください。
秋季大会研究発表会は11月18日(日)開催、申込締切は6月30日です。本年度例会は1月12日(土)開催(申込締切は9月10日)です。
reikai@jodaibungakukai.org



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   URL : http://jodaibungakukai.blog.fc2.com/
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