大会案内

大会案内 | 注意事項・お問合せ先


大会案内


平成29年度 上代文学会大会案内
期  日 平成29年5月20日(土)・21日(日)・22日(月)
会  場 奈良女子大学
    近鉄奈良駅 1番出口より徒歩5分
    〒630-8263 奈良県奈良市北魚屋西町

日  程
― 20日(土) ―
理事会 (午後0時30分~1時30分)   奈良女子大学 S棟228教室
公開講演会 (午後2時~4時30分)   奈良女子大学 講堂

学会挨拶 挨   拶 ことばでわかること、ことばがわかること 大伴旅人 ―「遊於松浦河」「領巾麾之嶺」の序と歌を中心に―
上代文学会賞贈呈式 (午後4時30分~4時40分)
総会 (午後4時40分~5時30分)
懇親会 (午後5時30分~7時30分)
会場 奈良女子大学 S棟ラウンジ
会費 5,000円(学生・院生3,000円)
― 21日(日) ―
研究発表会 (午前9時30分~午後3時40分) 奈良女子大学 S棟235大講義室
《午前の部》
日本霊異記中巻の「異界」描写における改変:冥報記との比較を中心に
古代舞踊の基礎的考察 ―久米舞の変容をめぐって―
『万葉集』巻十三の三野王挽歌 ―「犬馬之慕」をめぐって―
 ―昼食―

《午後の部》
高橋虫麻呂の伝説歌四首の諸相 ―挽歌との関係性― 地震をめぐる「天武紀」の歴史叙述 ―災異と対策の相関関係― 『懐風藻』の「春苑 応詔」詩二首 ―比較によって見えてくるもの―
― 22日(月) ―
臨地研究 ※学会からは特に案内はいたしません。

発表要旨
日本霊異記中巻の「異界」描写における改変:冥報記との比較を中心に

 日本霊異記の編纂に際し、冥報記を始めとする先行の中国の経典や説話集に大きな影響を受けていることは、先行研究でしきりに指摘された通りである。とはいえ、類話を採用するにあたり、細部において色々な改変や脚色がされており、そのまま原話そっくりだとは言い難い。これらの改変を行う理由は、原話をより日本のコンテクストに馴染ませ、「日本化」させるためなのではないかと考える。
 本発表では、主に霊異記中巻における「異界」の描写と、冥報記所収の類話との比較を通し、改変が行われる傾向について考察を試みたい。具体的には、例えば霊異記中巻第十「常鳥卵煮食以現得悪死報縁」において、地獄を想起させる灼熱の地面を走らされる大筋は、冥報記卷下「隋冀州小兒」に大変類似している。しかしながら、人名や場所を日本のものに替えただけでなく、記紀や風土記などによく見られる「地名起源説話」の要素を盛り込んだり、中国式の「城」「楼」に関する記述を削除したりするなど、日本的なコンテクストを浮き彫りにする意図が読み取れる。
 一方、霊異記中巻第五「依漢神崇殺牛而祭又修放生善以現得善惡報緣」、中巻第十九「憶持心経女現至閻羅王闕示奇表縁」、中巻第二十五「閻羅王使鬼受所召人之饗宴而報恩縁」などの説話では、主人公が巡る異界は、閻魔大王の居城として描かれている。ところで、冥報記の該当する類話では、主人公が連行される場所をそれぞれ「官所」、「官曹」、或いは「東海公」の居城とし、「閻羅王」の宮殿であると明示していない。因果応報を説く上で地獄のイメージは不可欠だが、中国の説話では、しばしば罪を裁く場を現実の統治機構に重ね合わせて描写する。霊異記はそれと一線を画し、異界を閻魔大王が統治する場と明確に定義することで、日本のコンテクストが包摂し得る世界観を構築する傾向があるように思える。

古代舞踊の基礎的考察 ―久米舞の変容をめぐって―

 古代舞踊についての先行研究は少ないが、大きく分けて、鎮魂(宗教的側面)と服属(政治的側面)の二つの意味があると解されている。しかし、舞踊は時代ごとに様式が変化していくものであることや、伝承される舞踊とそうでない舞踊があることについては指摘が少ない。そこで、古代舞踊の様式の変容と、伝承される舞踊の特性について考えてみたい。
 本発表では、古代舞踊の一例として、久米舞に焦点をあてて論じる。久米舞は記併序に初めてその存在が記され、神武記紀では来目歌に伴う呪術的な舞であると解され、『続日本紀』によれば東大寺大仏開眼供養会など儀式の場でも奏されており、中古以降の大嘗祭にも奏されるなど、古代舞踊を概観するうえで欠かせない舞である。しかし、実は記紀には「久米舞」の名は見えず、舞としての名称が用いられたのは『続日本紀』を初出とすることは注目すべきである。これは、外来楽流入以後、田儛(天智紀)、小墾田儛(天武紀)、楯節儛(持統紀)など日本の舞踊にも固有名が付されるようになったこととつながる。ただ、前述の舞たちが記紀の物語の中に伝承を伴わなかったのに対し、久米舞は、神武記紀において天皇に仕えたことが伝承される久米の一族の名を冠している。よって、久米舞は外来楽流入以降に創始された舞とは一線を画し、より権威ある舞であったと考えられる。だからこそ、東大寺大仏開眼供養会で奏され、後には大嘗祭で奏されるのである。以上を整理すると、久米舞は呪術性を有するために後の時代まで伝承されるが、その一方で、時代や場の要請に応じて様式を変容させながら残っていった舞であると分かる。まさに古代舞踊発展の歴史を体現した舞であるといえよう。以上のように久米舞の在り方を、時代による変容や、他の舞との比較を通じて考察してみることで、古代舞踊研究においては意味と様式を複合して研究することが必要であると分かるのである。

『万葉集』巻十三の三野王挽歌 ―「犬馬之慕」をめぐって―

 『万葉集』巻十三の挽歌には、「百小竹の 三野の王」からはじまる長歌と、それに対する反歌が載る(三三二七―二八)。この作品は作者未詳であるが、巻十三の挽歌において死者の名が明らかな唯一の歌であり、三野王の死に際して詠まれたものとされる。当該長歌では、厩の馬は草も水も充分であるのに嘶きたてるのだといい、反歌では、「情あれかも常ゆ異に鳴く」と、主人の不在を感じ取っているかのような馬の様子が詠まれている。『万葉集』の主人の死を悼む歌において、舎人や従者を悲しむ主体とする作品は多くみられるが、亡き主人の愛馬を通して描くという方法は、極めて特殊なものである。当該作品の、馬を通した死者哀悼の表現については、契沖が曹子建、潘安仁、陶淵明らの作品の、悲しみ鳴く馬の表現を指摘し、小島憲之氏は「漢籍の挽歌的な表現」の暗示を受けたものと指摘する。確かに、契沖らが指摘する中国詩文は、馬の悲鳴を通して死者への哀悼を表現するものであり、当該作品の内容と重なるものである。
 このような馬を通して主人の死の悲しみを描く事例に、余明軍の挽歌の左注に「不勝犬馬之慕、心中感緒作歌」(巻三・四五五―五八)とあることが注目される。余明軍が旅人を「犬馬」の如く慕って悲嘆したという思いは、当該作品の思いと通底するものがあろう。また、巻五の吉田宜の書簡には「宜恋主之誠、々逾犬馬」ともあり、宜が旅人を強く慕う意として用いられている。「犬馬之慕」に類する語は、『史記』三王世家に「臣竊不勝犬馬心」とあり、漢籍では主君や主人を慕うことを示す常套的な表現であった。余明軍の旅人を慕う様子が「犬馬之慕」であることからすれば、当該作品の馬の異変、主人の不在により嘶く様子は、まさに「犬馬之慕」を具象した表現として捉えることが可能であろう。そして、当該作品が巻十三に収録されていることからすれば、この作品は「犬馬之慕」をテーマとした挽歌のテキストとして流布したものと思われるのである。

高橋虫麻呂の伝説歌四首の諸相 ―挽歌との関係性―

 「高橋虫麻呂歌集」所出、A「詠勝鹿真間娘子歌一首」(9一八〇七~八)、B「見菟原処女墓歌一首」(9一八〇九~一一)、C「詠水江浦嶋子一首」(9一七四〇~一)、D「詠上総末珠名娘子一首」(9一七三八~九)の四首は、一般に「伝説歌」と呼ばれている。これら四首は、「古」の人を取り上げ、その人にまつわる出来事を歌の中で時間に沿って叙述しているところに特色があり、共通性がある。しかし、『萬葉集』においては、ABの歌は挽歌に、CDの歌は雑歌に分類されており、実際、四首はそのように分けられるうたい方を示して、一つ一つ異なるうたい方となっている。その異なりはすなわち、その歌が挽歌からの距離をどの程度もっているかということと深く関係していると考えられる。本発表は、この虫麻呂歌四首について、挽歌との関係性を確かめることを通してそれぞれの特徴を鮮明にすることをめざす。
 挽歌との関係で捉えると、四首の特徴は次のように示すことができる。
 A真間娘子歌…死をうたう(結末省略せず)、「奥つ城」をうたう、挽歌(継承的)
 B菟原処女歌…死をうたう(結末省略せず)、「奥つ城」をうたう、挽歌(非伝統的)
 C浦島子歌…死をうたう(結末省略せず)、「奥つ城」をうたわず、非挽歌
 D珠名娘子歌…死をうたわず(結末省略)、「奥つ城」をうたわず、非挽歌
 四首には「奥つ城」をうたうか否かの違いがある。「奥つ城」をうたうABの歌は、基本的に「古」の人の死を表現し生前の様子を追想しその人を追慕する挽歌的なあり方を示し、「奥つ城」をうたわないCDの歌は、「古」の人の死までを表現しながら批判的にうたう(C)、あるいはまた、結末を省略して死を表現せず批判的にうたう(D)というように、挽歌的なあり方から離れる。すなわち四首は、A→Dの順に挽歌の伝統的なあり方からの距離が大きくなっていると捉えられ、「伝説歌」と呼んで他と区別すべき特殊性はそれに伴って強くなっているといえるのではないかと考えられる。


地震をめぐる「天武紀」の歴史叙述 ―災異と対策の相関関係―

 『日本書紀』「天武紀」の地震記事について考えたい。例えば、十年三月条には、「庚寅に、地震る」という記事が載る。このような記事をどのように読解するのか、を問題とするのである。
 地震を史書に記載するということの思想的背景から考え始めれば、『日本書紀』編述者が参照していた『漢書』「五行志」には、天が臣下専横を咎めることによって地震が起きるとされるのであり、それはすなわち、その年の政治に何らかの臣下専横があったために天が譴責して地震を起こしていると把握されるのである。つまり地震を災異思想の一種であると押さえることから開始するのである。地震を自然災害としてそれ単体のみで把握するのではなく、前後の記事と相関関係をもつものとして把握するのである。そして、それが天からの譴責であるならば、それに応じて臣下専横を是正する対策が展開されなければならない。ここまでが災異を史書に記載する思想的な背景となる。実際、先の十年地震記事の直後には、「禁式九十二条」という臣下の応分を定める対策が続く。すなわち、臣下の専横を未然に防ぐ方針が示されるのである。このような例から考えるに、「天武紀」の地震記事は前後の人為と相関するものとして把握するべきなのではなかろうか。
 この相関の連鎖を無視して地震記事それ自体を歴史的事実として抽出して考察すること―同様に、地震記事の前後の政策だけを取り出して考察すること―は、「天武紀」全体を読解する目的には寄与しないということである。「天武紀」の地震記事を読解するとは、このような見方を要求するのである。「天武紀」が地震記事を通して、天武天皇の政策に対して批判の目を向けている可能性を含めて、『日本書紀』の中で最も地震記事が多い「天武紀」に注目したい。これこそが、天武天皇の治世をどのように『日本書紀』が叙述するのかを明らかにする手掛かりとなると見込まれるためである。


『懐風藻』の「春苑 応詔」詩二首 ―比較によって見えてくるもの―

 『懐風藻』収録の作品を、その時代の文筆資料として正当に位置づけるためには、使用語句の典拠の指摘や用例の詳細な考証に基づく注釈作業が欠かせない。これは当たり前なことではあるが、体系的で総合的なその試みは、小島憲之の一連の仕事以降、実はあまり進展していない。一方で、漢語の典拠や用例の考証については、近年の各種工具書や電子検索機能の充実によって、労力の簡便化の環境がかなり整ってきている。この機に乗じて、『懐風藻』を対象とする研究を飛躍的に前進させることが期待される。
 本発表は、そのような今後の『懐風藻』研究の一環として、具体的な二つの作品の分析を中心に、作者たちがどのような教養の背景のもとに、何を目指して作品を作り出していたかを検討する。取り上げる作品は、田辺百枝と石川石足による「春苑 応詔」と題する二首である(古典大系番号三八・四〇)。活躍時期がほぼ重なると思われる二人による同題・同韻の二首は、おそらく同じ詩宴で披露されたものだろう。いずれも典型的な侍宴詩の構成を有し、文学史的にはマイナーな作者(二人とも現存の作品は当該詩のみ)の作でもあり、従来取り立てて注目されることはなかった。しかし、それぞれに綿密な注釈作業を施すことで、意外に対照的な様相が浮かび上がってくる。簡潔にその傾向を指摘するのであれば、田辺百枝詩は経書の典故をとり交ぜつつ『文選』風の荘重な王権讃美を志向するのに対し、石川石足詩は経書由来の語句の使用は控え『玉臺新詠』風の軽快な侍宴応詔詩を試みている、と言えそうである。もちろん、二人の作に通底する傾向も認められるのであり、初唐詩の参照の可能性などはその一例となろう。
 二人が、大学博士(田辺百枝)と左大弁(石川石足)という、ともに文筆を担う官職にあった経歴も興味深い。二人の表現の背後には、『懐風藻』というテキストを超えて、八世紀前半の文筆世界そのものが広がっているのである。



注意事項 ・ お問合せ先


☆返信用ハガキ・費用について
・大会参加の申し込みは、同封のハガキ(奈良女子大学文学部 奥村和美研究室宛)に必要事項を記入して、
 4月28日(金)までに必ず届くようにお送り下さい。
・大会参加費〔1,000円 院生・学生は無料〕、懇親会費〔5,000円 院生・学生は3,000円〕、21日昼食代
 〔1,000円〕は、同封の郵便振替用紙を使用し、4月28日(金)までに必ず振り込んで下さい。
・20日の理事会に出席される方は、昼食をご持参、または済ませてお越し下さい。
・会員外の方からは、大会参加費(資料代を含む)として1,000円いただきます。
・21日の昼食が必要な方は、事前に必ずお申し込み下さい。大学内食堂も閉まっており、大学周辺にも食事が
 取れるお店は僅かしかありません。

☆出張依頼状について
・出張依頼状は、学会事務局(東洋大学文学部日本文学文化学科)に、提出先と職名を明記の上、返信用封筒に
 82円切手を貼ってお申し込み下さい。

☆大会に関する問い合わせ
 奈良女子大学文学部 奥村和美研究室
 〒630-8263 奈良県奈良市北魚屋西町
 Eメール k-okumura@cc.nara-wu.ac.jp
 【お問合せ】上代文学会事務局
 〒112-8606 東京都文京区白山5-28-20
 東洋大学文学部日本文学文化学科
 菊地義裕研究室内
 Eメール jimukyoku@jodaibungakukai.org

 ※2017・2018年度(2019年3月31日迄)


【ページの初めに戻る】